KAWANO Ryutaro

第47回日本体外循環技術医学会大会

2022年11月19日、福岡国際会議場で、第47回日本体外循環技術医学会大会が開催され、特別講演で「インシデント・アクシデントの対応力」について講義をしました。副題は「緊急時における人間の行動特性とパフォーマンス」でした。

発表要旨

人工心肺装置を使った手術は、心臓と肺が体外に露出している状態と同じである。したがって、装置の故障やチューブの外れ、異物の混入などが発生した場合は、直ちに対応をしなければ患者の生命が高いリスクにさらされる。
人工心肺装置を使った手術においてのインシデント・アクシデント対策は、(1)発生防止、と(2)拡大防止、の二段階に分けることができる。安全対策は、まず、(1)の発生防止を第一に考えるべきであるが、(2)の問題が発生した時にどのように対応すればよいかを検討しておくことも極めて重要である。 インシデント・アクシデント対応は、まず、(1)想定事象であるのか、(2)想定外事象であるのかに分かれる。前者の場合は、対応のための手順を作成し、教育訓練を実施する。訓練は机上での教育訓練とシミュレータを使った教育訓練、OJT(On the Job Training)などで対応能力を身に付けておく。一方、(2)想定外の場合は、訓練メニューにない事象なので、当事者の臨機応変力が求められる。いずれの場合も人間には事象を収拾させるために力を発揮してもらわねばならない。この対応を考えるために、人間の行動について理解しておくことは重要である。
緊急時の人間行動理解のためには、まず、一般的な人間の行動についての理解をしておくことが役に立つ。これまでに提案されている6つの人間の行動モデルを紹介する。それらは、意識レベルで行動を分類した(1)RasmussenのSRKモデル、時間と判断の関係を説明した(2)Hollnagelの主観的利用可能時間と人間の制御モード、将来の予測を重視した(3)EndsleyのSAモデル、人間要因と環境要因で人間の行動を説明した(4)Lewinの行動モデル、判断根拠を明確にした(5)Koffkaの心理的空間モデル、そして、人は利益と損失を比較して判断する(6)河野の判断の天秤モデルである。
次に、緊急時に人間は通常とは異なった行動をとることが知られている。そこで、事例をベースにした緊急時の人間行動と対応について説明する。緊急時の対応を考えたり、教育訓練のために非常に参考になると考えられる。
想定外事象については、まさに想定外なので事前にどのように対応すべきかを準備し訓練しておくことは困難である。しかし、想定外事象は実際に発生している(例えば、日本航空123便事故、福島第一原子力発電所事故)。想定外事象は発生確率上起こりえないと考えられていて、事前の訓練は行われていない。ただし、現実に想定外事象は発生していることから、何らかの対応策を考えておくことは無駄ではない。想定外の非常に困難な状況においても、なんとか事態を収拾させた事例があるので、何が上手く行った要因なのかを考えてみたい。

講演の結論

講演の中では、
1.リスクマネジメント:安全はない、世の中にはリスクしかない、と説明し、ISOの定義を紹介しました。また、エラー対策は発生防止と拡大防止に分けられ、発生防止では、日常の安全管理が重要ということで、次に話を進めました。
2.日常の安全管理では、安全文化の醸成が特に重要で、「情報に基づく文化」が本質であることを説明しました。
3.それでも事故は発生しますから、まず、緊急時における人間の行動特性を理解しておくことが重要で、情報処理に基づいていくつかの代表的な特性を説明しました。
4.緊急時における対応は難しいのですが、ケーススタディで得られた対策をいくつか紹介しました。
5.今回の大会長の依頼内容で「HMSにおけるアクシデント(シナリオのない事故)への対応」が答えるのに最も難しいところでした。
人工心肺装置はHMS(Human-Machine-System)であり、HMSにおける人間の行動の理解のために6つのモデルを解説しました。この部分は短時間での説明は困難であることは理解していましたが、今後、医療機器の設計や取り扱いには重要と考え、概要を説明しました。ちょっと説明が足りなかったかな、と反省しています。
最後に、事例に学ぶシナリオのない事故対応のヒント として、JL123便の御巣鷹山墜落事故、UA232DC-10のスーシティへの緊急着陸、エアカナダB767型機のギムリー緊急着陸 、そして、福島第一原子力発電プラントの事例を紹介し、シナリオのない事故への対応として、私の結論は、当事者が、

1.強靭な使命感を持つこと
2.ダメージコントロール(何が使えるか)の考え方に切り替えること
3.構造に関する知識を身に付けること
4.物理学の知識(基礎科学)を身に付けること


により、予測できない事象に対して対応し、最悪の結果を回避できたのではないか、ということでした。

余談:大相撲九州場所

福岡国際会議場の隣では、翌日の日曜日から大相撲九州場所が開催される予定で、見学者や力士がたくさんいました。やはり力士は近くで見ると大きいですね。
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